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| Fuji X-E1 M-Rokkor 90mm F4 |
2019年12月14日
2019年12月12日
2019年12月10日
写真の裏書き
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| Dan M、Dan III、ミゼット |
昔は写真の裏に撮影した日付や場所、人物名、撮影の様子などを記入したものだ。
アルバムに貼られた写真を剥がすと、色々な事柄がわかることがある。
左下の写真の裏には「Dan III F1:8 1/50S」と書かれ、左上は「Dan M」右側は「ミゼット」と書かれている。
Dan IIIは東京の萩本商会から昭和25年に発売されたダン35Ⅲのことだと思うが、
これは萩本欣一氏の父親が製造した35mm判フィルムを使うカメラである。
これらの写真は祖父が撮って自家現像プリントしたものだと思うが、
このようなカメラで撮っていたことは、この裏書きで初めて知った。
記憶にある祖父のカメラはヤシカかミノルタの二眼レフ、小西六のスプリングカメラとフジのムービーカメラである。
この頃はこういった小型カメラが流行っていたのだろうが、残っていなかったのは良くなくて処分したのかもしれない。
実際、撮れている写真もいい写りとは言えないのだ。
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| ダン35 広告 |
1948年にダン写真用品から発売されたダン35Ⅰ型はボルタ判フィルムを使用し、
24 x 24mmのスクウェアフォーマットのカメラだった。
1949年に発売されたダン35Ⅲ型は35mm判フィルムを使う24 x 32mmの日本判の横長フォーマットになって、
ボディサイズも大きくなった。
レンズはダン・アナスチグマート 40mm F3.5である。
そして、このシリーズの最終機が1950年に販売されたダン35M型だった。
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| ミゼット 広告 |
美篶商会のミゼットは裏紙付の17.5mmミゼットフィルムを使用する画面サイズ14 x 14mm判のカメラで、
1937年のミゼットオリジナル型、1939年のニューミゼット、1940年のニューミゼットII 型、1951年のニューミゼットIII型がある。
トップの写真の裏書きでは昭和25年(1950年)の撮影なので、使ったのは1940年発売のニューミゼットII型だろうか。
今のようにデジタルでハードディスクに埋もれたままの画像と違って、
写真プリントの裏書きからは当時の様子や知らなかった事が発見でき、想像を膨らませる事ができるだろう。
2019年12月8日
2019年12月6日
2019年12月4日
ジャズ批評
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| ジャズ批評 |
スイングジャーナルは廃刊となって久しいが、ジャズ批評は今も健在である。
1947年に創刊されたスイングジャーナルは月刊時だったが、「ジャズ批評」は、1967年に創刊した季刊誌であり、
今は隔月刊として、「ジャズ批評ブックス」シリーズと共に発行されている。
当初はジャズ批評というタイトルからしてアカデミックで古典的にな印象で、資料としてのジャズ雑誌に感じたので、
オーディオ機器の評価記事も充実して馴染みやすい、スイングジャーナルを読むことが多かった。
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| ジャズ批評 広告 |
ジャズ批評にはオーディオの記事は全くないのが特徴とも言え、さらに広告が少なく、
あってもレコードード店やジャズ喫茶程度であった。
巻頭に5,6ページのカラーグラビアでレコードジャケットの写真が掲載されているが、
あとはモノクロ写真とジャズに関する記事がびっしりと書かれている、正にジャズ雑誌である。
このジャズ批評も84号を最後に買っていなかったが去年末に新年号「ジャズと昭和」を購入し、
ジャズ批評ということで記事に期待したが、意外にあっさり。
もっと掘り下げた内容にして欲しかったが、これが季刊誌と隔月刊誌の違いなのだろうか。
2019年12月1日
x394 * 紅葉元年
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| Fuji X-E1 Jupiter-8 50mm F2 |
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| Fuji X-E1 Leica Hektor 7.3cm F1.9 |
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| Fuji X-E1 Jupiter-8 50mm F2 |
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| Fuji X-E1 Leica Hektor 7.3cm F1.9 |
ラベル:
@Fuji X-E1
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風景・花
2019年11月28日
キヤノンF-1:ファインダーイルミネーターF
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| ファインダーイルミネーターF |
キヤノンF-1用の「ファインダーイルミネーターF」は露出計用採光窓を照明するアクセサリーであるが、
外装が安っぽいプラスティックなので、精悍なF1のブラックボディには似合わないのが残念である。
同じようにニコンにはF、F2用の「フォトミックイルミネーター DL-1」があり、
フォトミックファインダーの上面にある露出計用採光窓を照明することができる。
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| 電池室 |
電池はF-1の露出計用と同じ1.35Vの水銀電池H-Dだが、今は製造停止になっているので、アダプターでSR43を使うことになる。
この電池蓋はF-1ボディの電池蓋と同じもので、「キヤノン フラッシュカプラーF」に付属するアイピースリング-2と同じように、
F-1ボディと共用できるのが便利である。
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| 露出計採光窓 |
キヤノンF-1の露出計メーターは、採光窓からの自然光の明かりでファインダー内に表示される。
そのため夜間撮影などではファインダー内の露出計メーターが見えにくくなるので、ライトで採光窓を照らす必要がある。
こういうアクセサリーは暗い被写体だと露出計も使えないので意味がないが、
被写体が明るくて撮影場所か暗いという舞台撮影や明るい夜景のような時には有効だろう。
被写体が明るくて撮影場所か暗いという舞台撮影や明るい夜景のような時には有効だろう。
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| 取り付け |
取り付けは巻き戻しクランク脇の溝に、前方から差し込み固定するだけである。
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| Canon F1 + Finder Illuminator F |
以前からあったフラッシュ用アクセサリの「フラッシュカプラーL」はファインダーイルミネーター機能も備えていて便利だが、
巻き戻しクランク部を覆ってしまった。
F型番になった「ファインダーイルミネーターF」や「フラッシュカプラーF」では巻き戻しクランク部を覆わなく、
装着したままフィルムの巻き戻しができるように改良されたのだ。
2019年11月25日
2019年11月22日
2019年11月18日
カメラのサイズ
カメラの大きさというのは使い易さという点から重要であるが、使いやすいサイズは人によって違うので、
どの大きさが良いとは一概に言えないだろう。
手の大きさや持ち方によっても感じ方が違う。
右手の人差し指の位置、親指の触れ方、小指と薬指の遊びなどでカメラの安定性も変わってくる。
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| Nikon F:147 x 99 x 54mm Fuji X-E1:129 x 74.9 x 38.3mm |
今使っているデジタルカメラの中で一番大きいものがフジ X-E1で、サイズは「129 x 74.9 x 38.3mm」である。
M型ライカを意識して開発されたフジ X-Pro1はライカ Mのサイズとほぼ同じ「139.5 x 81.8 x 42.5mm」なので、
X-E1と比べるとかなり大きく感じる。
とはいっても、フィルム時代のニコンFは更に大きく「147 x 99 x 54mm」というサイズである。
幅136mmのニコンSPをベースに、中央にミラーボックスを組み込んで横幅が11mm大きくなったニコンFが、
当時の一眼レフのサイズの標準になったようで、大きくて、重くて、頑丈がプロ機の証だった。
けれどデジタル一眼レフのモンスターのようなデザインと大きさに比べると、洗練されたフォルムと大きさであるように感じる。
高さ99mmというのはアイレベルファインダーのトップまでの高さで、ボディ上面までは70mm、ダイヤル類の上面までが80mmと、
X-E1とほぼ同じでホールド感は悪くないようだ。
ただ全体的にはX-E1と比べても、かなり大きく重いので、今となっては長時間持ち歩くには勇気がいる。
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| Leica III :133 x 69 x 36mm ライカCL:121 x 76 x 32mm |
小型のミラーレスカメラに慣れてしまった今では大きく感じてしまう。
M型サイズのニコン、キヤノンのレンジファインダーカメラもいいのだが、高さがある分ホールドしにくいので、
ライカCLやライカIII型が大きさ重さ共に、ベストなスナップカメラだと思っている。
小柄なオスカーバルナックが自分のために作ったライカだが、
もしバルナックがM型ライカを作ったとしたらCLのようなサイズだったかもと考えてしまう。
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| Canon F-1:146 x 98.7 x 43mm Nikon F:147 x 99 x 54mm |
キヤノンF-1はボディ上面までが75mm、シャッターボタン上面までが85mmでニコンFと5mmしか違わないのだが、
この差でキヤノンF-1はニコンFより握りにくく感じるのだ。
一眼レフは左手で支えて構え、右手は添えるだけなのでF-1を使っていた時は、あまり握りにくさは感じなかったが・・・
M型ライカも高さは80mmほどなのでボディ上面までは75mm程度だろう。
私は手が少し大きいが、実際にM3を持った時も握りやすいとは思わなかった。
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| Leica III :133 x 69 x 36mm Leica X1:124mm x 60 x 32mm |
バルナックライカの大きさと縦横のサイズ比率はバランスがとれていると思っている。
右手で持った時のボディの高さと、ボディ前面のスペースが絶妙で、右手だけで持ってもしっかりとホールディングできるのだ。
X1はバルナックライカをデザインに取り入れているので、サイズ的にもベストで、
横幅がIII型よりも9mm短いためよりコンパクト感がある。
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| E-P5:122.3 x 68.9 x 37.2mm Leica X1:124mm x 60 x 32mm |
小型軽量を目指したオリンパスの一眼レフOM-1のサイズは「136 x 83 x 50mm」である。
横幅はバルナックライカとほぼ同じで、高さはペンタプリズムがあるので高くなっているが、
ボディ上面までだとほぼ同じかもしれない。
Pen E-P5のサイズは、Leica X1とほぼ同じであるが、持った時に少し窮屈さを感じるのはグリップが付いているからだろう。
***
右手でのカメラの持ちやすさは高さに関わってくると思えるので、
ボディ右側(シャッターボタン側)のトップカバー上面までの高さを実測してみた。
キヤノンF-1:75mm
ニコンF:70mm
ライカCL:69mm
フジX-E1:67mm
オリンパスE-P5:63mm
ライカX1:60mm
ライカIII:55mm
5mmとか10mmという違いであるが、カメラの場合この差は非常に大きい。
私の場合はボディ上面までの高さが70mmのニコンFが、持ちやすさの上限である。
2019年11月15日
2019年11月12日
桑原甲子雄:東京
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| 東京 1934〜1993 |
森山大道氏は「大阪プラス」だったが、こちらは桑原甲子雄氏の「東京」である。
この写真集も厚さが4センチほどあり、736枚の写真が収められているが、
1934年〜1993年の間に撮られたもので、昭和9年から平成5年までの東京の記録である。
父親に買ってもらったライカI型で写真を撮り始め、その後ライカIII型とズマール50mmF2でも撮っていたそうだ。
主に東京の下町を撮影し、アマチュアであることに徹した写真家である。
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| 1934年 浅草 |
「背景の大勝館が雪に霞んで見える。こちら側には電気館、番傘売りが立っている。
この冬はとにかく雪の日が多かった記憶がある」(桑原甲子雄)
このように、巻末には写真一枚づつに撮影地、撮影年、桑原甲子雄氏による解説が収められている。
これだけでも当時の東京を知る人々には懐かしく感じるだろう。
貴重な昭和の記録である。
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| 1934年、1935年 |
2019年11月10日
2019年11月7日
背面モニターは要る?
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| FUJIFILM X-Pro3 |
富士フィルムのX-Pro3が発表されて、背面モニターの有無が話題になっている。
私の場合は背面モニターはいらないという側であるが、それは殆ど背面モニターは使わないからだ。
撮影設定もあまり変えることがなく、撮影後の再生確認もしないのでフィルムで撮っていた頃の感覚に近い。
今切ったシャッターで、どのように写っているか感覚的にわかるような気になっている。
どちらかなと思った時も面倒臭いのでモニターで見る気にならない。
それよりも次のシャッターに集中したい。
背面モニターがない方がフィルカメラのようで良いとかではなく、使わないからいらないのだ。
X-Pro3で見せたような、富士フィルムの既存にとらわれない、ユーザーに惑わされないアプローチに賛同である。
以前はオリンパスがこの立ち位置だったが・・・
2019年11月5日
Nikon F + Kiyohara Soft
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| Nikon F + KIYOHARA SOFT VK70R |
このVK70RはニコンFマウントの固定式であるが、他にキヤノンFD、コンタックスRTS、ミノルタMD、ペンタックスK、
オリンパスOM、M42、コニカ、ライカR、リコー、キヤノンEOS、ミノルタ/ソニーα、があったようだ。
ニコンFマウントといっても自動絞り機構は備わってないので、絞り込みでの撮影になるが、これは他のマウントでも同じだろう。
絞り開放でもF5なのでファインダーは暗くて、スプリットイメージの距離計は真っ黒になり使うことができず、
マット面でのピントが合わせになるが、ソフトレンズらしくもやっとしているのでピントのピークがわからないのである。
ミラーレスカメラのEVFでは絞りに関係なく明るく見えて、拡大もされるのでピントの山も判別しやすい。
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| Nikon photomic FTN+ KIYOHARA SOFT VK70R |
フォトミックFTNファインダーを使った場合、VK70Rには絞り連動のカニ爪が付いていないので露出は実絞り測光となる。
実絞り測光に切り替えるには、ファインダーの絞り連動ピンをカチッという音がするまで押し込めばいい。
2019年10月31日
x389 * 滲む風景
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ニコンFとキヨハラソフトで撮るのは難しい
ピントのピークがわからず
行ったり来たりする
それと違って
ミラーレスカメラの拡大フォーカスは
キヨハラソフトの強い味方だ
KIYOHARA SOFT VK70R
NEOPAN 100 ACROS
EPSON GT-F740
2019年9月6日
未来技術遺産登録:Nikon F
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| Nikon F |
「重要科学技術史資料」(愛称:未来技術遺産) 登録
登録番号:第 00280 号
名称 (型式等):ニコンF
*選定理由*
機能、品質面及びシステム性により、国産カメラの評価を世界的に高めた 一眼レフカメラである。
先進的なレンズマウント、クイックリターンミ ラー、完全自動絞りを搭載、ファインダー交換などを実現し、
15年以上に わたり、プロ、ハイアマチュア用機材としてカメラ業界に君臨する製品と なった。
日本のカメラ産業を世界一に導く契機となった機種として重要で ある。(重要科学技術史資料より)
確かに日本のカメラ産業を変えた一台であり、今となってはM3ショックを上回るニコンFショックだったのかもしれない。
他にハンザ・キヤノンやアサヒフレックスI型も登録されたが、
歴史的だけでなく、実用面も含めてシステム一眼レフの完成形としてのニコンFは最も相応しい思える。
2019年9月4日
2019年9月2日
Jupiter-8 50mm F2
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| Jupiter-8 50mm F2 |
- 型名:Jupiter-8(中期型)
- レンズ構成:3群6枚(ゾナー型)
- レンズマウント:L39
- 焦点距離:50mm
- 絞り:F2.0~F22(クリック無)
- 絞り羽根:9枚
- 最短距離:1m
- フィルター径:40.5mm
- サイズ:44mm × 50mm
- 重さ:約120g
- 製造年:1962年
- 製造工場:KMZ
ジュピター8はコンタックスのコピーであるキエフ用に製造したものだが、
1950年代なかばから同じレンズ構成でライカLマウントのゾルキー用として製造されている。
1970年代以前は軽合金の銀色鏡胴、以降は黒鏡胴で、初期型にはフォーカスレバーが付いているようだが、
これは銀色鏡胴でフォーカシングレバーなしのタイプである。
ロシアレンズは以前Industar-61 L/D 55mm F2.8を使っていたが、どうも気に入らなくて手放した。
テッサータイプのレンズは好みに合わないようだ。
ロシアレンズには手を出さないようにしていたが、定番のJupiter-8 50mm F2はゾナー 5cm F2の完全コピーなので、
懲りずにまた手に入れてしまった。
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| Leica CL + Jupiter-8 50mm F2 |
プラスチックの上に銀色メッキをしたような安っぽさで、
おそらく磨いたからだろう、この品のないテカテカもソビエトレンズらしくて面白い。
絞りリングがガタついているが、このようなものらしい。
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| クラスノゴルスク機械工場のマーク |
レンズにはKMZ(クラスノゴルスク機械工場)のマークが付いている。
この工場はモスクワ郊外の軍需工場だったが戦後は光学製品を製造したらしく、1950年頃までのレンズはKMZ製が多いそうだ。
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| アーセナルの工場マーク |
レンズキャップにはアーセナルの工場マークが付いているが、他のレンズのものだろうか。
ウクライナにあるアーセナル工場ではKIEVボディを製造していて、1950年代中場当たりからレンズも生産したが、
L39マウントのレンズは作らなかったようだ。
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| Olympus PEN E-P5 + Jupiter-8 50mm F2 |
Olympus PEN E-P5とJupiter-8 50mm F2は収まりがいい。
この組み合わせで撮ってみたが、Industar-61 L/D 55mm F2.8よりも柔らかな描写が好ましい。
もちろん逆光ではフレアーが出るが、それもロシアレンズの味だと思って利用すればいいだろう。
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Jupiter-8 50mm F2
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