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2021年5月18日

「はじめての森山大道。」展


もう、森山大道さんを知らない世代も増えているようだ。
だからこのタイトルなんだろう。
今はバエ写真や、CGのようにクッキリと鮮やかな写真が好まれるので、
「アレ・ブレ・ボケ」の写真など見たこともない人が多いのだろうか。

「撮れちゃった写真の凄み」で森山大道さんの写真がどいうものか説明されている。



「Osaka Daido Moriyama」より

「若い時にあれだけ嫌っていた大阪なのに、今はフト思うと無性に行ってみたくなる。それはきっと、大阪の町へと言うこともさりながら、むしろその頃のぼくに会いに行きたいと思っているような気がする。青臭く、夢ばかり追って地に足が着かず、大人の世界へと背のびばかりだった自分に。」 「Osaka Daido Moriyama」より

東京、新宿という印象が強い森山大道さんだが、大阪出身で、
この「Osaka」や「大阪+」、「Daido hysteric No.8 1997 OSAKA 」など、大阪を撮った写真集も出版されている。


「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」森山大道

「2018年春、森山のデビュー作『にっぽん劇場写真帖』復刊プロジェクトが始まった。1968年に誕生したこの写真集は、コレクターの間で高額で取引されるのみで、その全容が一般の目に触れることはほとんどない。あの傑作をもういちど出版したい。そう言い出したふたりの男がいる。ひとりは、継続的に森山の写真集を世に送り出してきた編集者・神林豊。もうひとりは、森山作品を含め、多くの写真集を手がける造本家・町口覚。敬愛する森山の処女作を決定版として世に送り出すべく、ふたりの奮闘がはじまる。」「オフィシャル サイト」より

「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」というドキュメンタリー映画が公開されているようだが、
こういう森山大道さんを見ていると、オートフォーカスが合わないなんてことが、バカバカしく思えてくる。

2021年3月16日

Osaka

Osaka:森山大道

無性に
森山大道 風に
撮りたくなることがある
70年代病だろうか

2019年8月27日

森山大道:大阪+

「大阪プラス」森山大道

「大阪プラス』は文庫本より少し大きいサイズのコンパクトな写真集であり、
1995年から2006年にかけて撮影されたもので、平成の写真集であるが中身はどっぷりと昭和なのである。
厚さは4cmほどあり、すべて写真で埋められ文字は一切ないので、かなりの量のモノクロ作品が収められていて見応えがある。

分かる範囲でも十三、千林、梅田、北新地、大阪城、中之島、大正、鶴橋、難波、法善寺、道頓堀、千日前、戎橋、
新世界、西成、天王寺、阿倍野、堺東などの街が捉えられていて、都会の息づかいを感じる写真集であり、
時間と空間の記録でもある。
そういえば記録シリーズも「記録40号」まで発行されているようだ。

『二十歳少しまえのぼくの日常は大阪だった。その頃の大阪、その頃のぼくをいま思い返すと、
それはほとんど絵空事として瞼に映るばかりだ。当時若いぼくにとって、心の針はひたすら東京へと指しつづけていた。
そして現在、ぼくの心の針は再びぐるりと回転し、大阪の街々へと立ち戻りつつある。
それは、大阪に生れたぼくの郷愁であろう。ただ、レンズの向うに映る大阪の街頭は、
いまも相変らずしたたかで、いとも簡単にぼくの郷愁を裁ち切ってしまう』(森山大道)(帯文より)


森山大道といえば犬だ

森山大道氏といえば、荒れ・ブレ・ボケが特徴とされるが、
アサヒカメラやカメラ毎日でよく見た粗粒子でハイコントラストな作品に影響されて、高温現像などをしたものだった。

以前、森山大道氏が撮影している映像を見たことがあるが、コンパクトカメラを持って歩き続け、
そして被写体を見つけるとすかさず撮る、それが早いのだ。
歩くのを止めずに、どんどん撮っていく森山大道流なのだろう。

大阪生まれの森山大道氏が撮った大阪をみながら、撮ってみたい所を探すのもいいものだ。

森山大道オフィシャル
https://www.moriyamadaido.com